はじめに
これまでの記事では、Alexandriteがどんな世界を目指しているのかを書いてきた。
本のある場所をつなぐこと。図書館だけでなく、個人の本棚や地域の小さな本棚も含めて考えること。本がどこにあり、誰に届く可能性があるのかを、もう少し見えるようにすること。
この記事では、その構想を最初にどんな形で実装しようとしているのかを書く。
けれど、最初から大きな図書館システムを作るわけではない。貸出管理から始めるわけでもない。返却処理から始めるわけでもない。予約管理から始めるわけでもない。
まず作るのは、自分の本棚を管理するためのアプリだ。
本を登録する。本棚を眺める。コレクションを作る。読みたい本や読んだ本を残す。あとから整理する。必要であれば、他の「本のある場所」へつながっていく。
一見すると、これはよくある蔵書管理アプリに見える。でも、Alexandriteにとって、個人の本棚アプリは単なる前段階ではない。図書館システムを作る前の練習でもない。Alexandriteが本当に作りたいものに向かうための、いちばん小さく、いちばん重要な入口だと考えている。
いきなり図書館システムから始めない理由
図書館システムは大きい。
蔵書管理、貸出、返却、予約、利用者管理、延滞、通知、統計、権限管理、職員向け画面、利用者向け画面、外部システム連携。必要な機能を挙げればきりがない。
しかも、図書館には現実の業務がある。毎日、本を貸し出し、返却を受け、利用者に対応し、資料を管理している。そこに新しいシステムを持ち込むには、信頼性も、安定性も、移行方法も、サポート体制も必要になる。「作ってみました。使ってください」というだけでは済まない。
特に公共図書館や大学図書館のような場所では、システムは単なる便利ツールではない。業務の基盤であり、利用者サービスの一部であり、場合によっては行政や組織の責任とも関わる。
だから、最初から大きな図書館を対象にしてしまうと、作るべきものが大きくなりすぎる。まだ検証できていない考えを、大きな業務システムとして実装することになる。
Alexandriteでやりたいことは、既存の図書館システムを単に置き換えることではない。本の見つけ方、本棚の眺め方、図書館とのつながり方、個人の読書記録の持ち方を、もう一度考え直すことでもある。そのためには、まず小さく始める必要がある。
個人の本棚はいちばん小さな「本のある場所」である
個人の本棚は、図書館ではない。少なくとも、一般的な意味ではそうだと思う。
公共図書館のような責任はない。大学図書館のような学術基盤でもない。
けれど、本がある。持ち主がいる。並び方がある。誰かに見せたり、貸したり、勧めたりする可能性がある。
そう考えると、個人の本棚は、Alexandriteが扱いたい「本のある場所」の最小単位だと言える。個人の本棚から始めることには意味がある。Alexandriteが目指す世界を、いちばん小さな形で試せる場所になる。
最初のバージョンで目指すこと
最初のバージョンで目指すのは、すべての図書館機能を作ることではない。
まずは、本を素早く登録できること。登録した本を眺められること。コレクションとして整理できること。バーコードで拾えない本も残せること。あとから情報を修正できること。そして、将来ほかの本棚や図書館につながる余地を残しておくこと。
逆に、最初の段階では中心にしないものもある。貸出管理。予約管理。職員向けの管理画面。利用者カード。図書館間連携。
もちろん、これらを不要だと考えているわけではない。将来的には必要になる。ただ、最初に確かめたいものではない。
最初に確かめたいのは、もっと手前の体験だ。
本を登録するのは面倒ではないか。登録した本棚をまた開きたくなるか。本を眺める体験は楽しいか。自分の本棚を起点に、次の本を探したくなるか。
ここを確かめることが、最初の目的になる。
登録の体験を最初に磨く
本棚を作るためには、まず本を登録しなければならない。当たり前のことだが、ここが面倒だと、どれだけ立派な機能を用意しても使われない。
だから、Alexandriteでは「待たせない登録体験」を大事にしたい。スキャンしながら次の本を読み取れる。書誌情報の取得は裏側で進む。うまく取得できなかったものは、あとで確認できる。
また、バーコードだけでは登録できない本もある。古い本、ISBNのない資料、同人誌など。そうした本に対しては、写真を入口にしたい。まずは「未解決のアイテム」として残しておき、あとから書誌情報を補う。
「正しいデータを最初から完成させる」のではなく、「まず存在を記録し、あとから整える」。この考え方が、登録体験の根底にある。
本棚はただの一覧ではない
本棚を管理するというと、本の一覧を作ることだと思われるかもしれない。でも、Alexandriteで作りたい本棚は、単なるデータベースの一覧ではない。
眺められること。探せること。思い出せること。自分にとって意味のあるまとまりを作れること。
そういう体験を大事にしたい。
コレクションという考え方を入れる。読んだ本のまとまり。これから読みたい本のまとまり。あるテーマについて集めた本のまとまり。本のまとめ方は、人によって違う。任意の並び順やピン留めのような操作も大事にしたい。
本棚は、ただ正確に管理されていればよいわけではない。その人にとって見やすく、思い出しやすく、使いやすい形である必要がある。
この感覚は、個人の本棚でなければ検証しにくい。図書館の業務システムから始めると、どうしても分類、請求記号、所蔵、貸出状態といった管理上の都合が中心になる。Alexandriteでは、その前に「本を持っている人が、自分の本棚をどう見たいか」をちゃんと見たい。
書影と本棚を眺める体験
本棚を眺める体験において、書影はかなり重要になる。
タイトルと著者名だけが並んでいる一覧と、表紙が並んでいる本棚では、受ける印象が違う。表紙を見ることで、思い出す本がある。本は情報であると同時に、物でもある。そして、物としての本を思い出すとき、表紙や背表紙の印象は大きい。
ただし、書影の扱いには難しさがある。外部サービスから常に取得できるとは限らない。権利や利用条件にも注意が必要になる。古い本やISBNのない本には画像がないことも多い。
そのため、書影を外部から取得するだけではなく、ユーザーが自分で撮影した画像や、自動生成されたカバーも組み合わせて考えたい。最初の試作では、この体験がどこまで成立するかを確かめていく。
個人の記録と図書館の記録を分ける
本を読むことには、個人的な面がある。どの本を読んだか。いつ読んだか。どんな感想を持ったか。こうした記録は、その人自身のものだと思う。
一方で、図書館には図書館の記録がある。どの資料を、誰に、いつ貸し出したか。これは図書館の正式な業務記録であり、個人の読書メモとは性質が違う。
Alexandriteでは、この二つを混ぜたくない。
個人の読書履歴やメモは、できるだけ利用者自身のものとして扱いたい。図書館の貸出記録は、図書館の業務記録として扱う。個人の本棚アプリから始めることで、この考え方を自然に設計へ入れられる。
この分離は、Alexandriteにとってかなり重要な設計思想になる。
公開しない本棚も大事にする
個人の本棚から始めるというと、自分の本棚がどこかに公開されるように感じるかもしれない。でも、そうではない。
自分だけで使う本棚。家族と共有する本棚。友人にだけ見せる本棚。外に公開する本棚。これらは分けて考える必要がある。
どの本を見せるのか。誰に見せるのか。そもそも見せないのか。その選択は、利用者側にあるべきだと思っている。
本棚には、その人の関心や生活が表れる。だからこそ、共有できることと、共有しない自由があること。この両方を大事にしたい。
個人の本棚から図書館との接続へ
個人の本棚を管理できるようになると、次に考えたくなることがある。
この本は、自分の家にある。でも、あの本は持っていない。近くの図書館にあるだろうか。
自分の本棚を起点にすると、自然に「自分が持っていない本」へ関心が広がる。そして、その先に図書館がある。
個人の本棚で本を管理する。読みたい本を見つける。近くの図書館にあるか調べる。借りられるなら借りる。読んだ記録は自分の場所に残す。図書館側には、図書館として必要な貸出記録が残る。
そうした流れを、できるだけ自然につなげたい。図書館から始めると、どうしても業務システムの発想が中心になる。でも、個人の本棚から始めると、「本を探す人」「本を読む人」の体験から考えられる。Alexandriteでは、この順番を大事にしたい。
小さく始めるが小さく終わらせない
個人の本棚アプリから始めるというと、プロジェクトの目標が小さくなったように見えるかもしれない。でも、そうではない。
小さく始めるのは、遠くまで行くためだ。
この小さな体験の中に、Alexandriteがやりたいことの核がある。本は、ただのデータではない。誰かの手元にあり、どこかの棚にあり、読まれたり、忘れられたり、また見つけられたりする。Alexandriteは、その存在をもう少し見えるようにしたい。そして、本のある場所同士が、必要に応じてつながれるようにしたい。
その最初の一歩として、まずは手元にある本の居場所を見えるようにする。そこから始める。
次回は、実際にv0.1.0として試作したものについて。何を確かめられて、何が課題として見えてきたかを書く。
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